目標や計画が達成できたかどうかを振り返る儀式。
子どものころから学校でやらされますよね。
テストで目標点とれなかったら、、、
- なぜ目標達成できなかったのか?
- 計画のどこがまずかったのか?
- 次回はどうすれば目標達成できるのか?
先生の手前
とりあえず何か書かないと収集つかないので、
それらしいことは書くけど
今度のテストになったら全部忘れていたり。
この繰り返しで大人になるわけで
振り返る、反省ありきの生き方になります。
職場はしょうがないとしても、
個人の目標や計画作りまでもが、
振り返ればチャラになる、
許される前提で作っていませんか?
例えば、「今月はブログを30記事書く」
と目標をたてたとしましょう。
終わってみたら10記事しか書けていない。
月末に反省会をして、
「来月がんばろう」で締めくくる。
しかも来月の目標は3、またもや30記事
「いやいや、それ無理でしょw」
と他人の話なら思うはずなのに、
自分のことになると真顔で書いちゃうわけです。
ひどいと「40記事」と書く人もいるでしょう。
自分を追い込んで自滅するタイプの方。
「自分で決めた目標も達成できない。ダメダメだな(反省)」
と毎月、繰り返すことが本当に良いことなのか、考えたほうが良いです。
自己肯定感を定期的に下げる儀式を繰り返すことの有用性はどこにあるのでしょうか?
ブログに限らず、「継続」「習慣」が大事と言われますよね。
続けることが大事なら、自己肯定感を下げずに、どうやったら反省会をしないで毎日を過ごせるかを考えたほうが建設的だと思うのです。
前述の例でいえば
「30記事が多すぎたので、来月は15記事にしよう」でも良いと思うのです。
もちろん、それは年間の目標、計画から逆算して
「記事数を減らしても問題ない場合」です。
そこで問題になるなら、
年間の目標と計画を修正したほうが良いです。
なぜなら、自分の実力以上のことをやろうとしているから。
子どものころから「夢は大きく」と言われて育ってきた人、多いと思います。
もしくは目標を下げることを良しとされない世界で生きてこなかったですか?
がんばってテストで80点とったのに、
喜びもつかの間「今度は90点が目標だね」
と言われてがっかりしたことないですか?
今度のテストは、範囲も広いし難しいから
「80点を目標にしたい」
と言おうものなら親や先生にしかられる。
そんな家庭や学校が多いと思います。
ですから、大人になっても目標を下方修正するのが、悪いことだと勘違いしている人もおられます。
そもそも現実可能でない目標や計画を持ち続けても、
何のプラスにもならないとわかっているのに。
振り返りをしなてくも済む目標や計画をたててみませんか?
そのほうが今よりもプラスになる人が多いはず。
「いやいや、自分は追い込まれたほうが強くなれる」というドMな方は、そちらの世界でがんばってください。
ちなみに、振り返り、反省を
一切否定しているわけではありません。
スキルを磨くには、
同じ失敗を繰り返さないためには、
原因を探し改善案を考える必要があります。
でも、それはその場でやるべきだと考えています。
だいたいの振り返りって、
ことが終わって数日から数週間、
多くの場合は月末にやると思います。
それは意味がないんじゃないの?
と思うわけです。遅すぎw
事が起きたときにすぐ対処して月末には、
すでに改善案を実施中ですぐらいじゃないと、
月初から十分な対応はできないかと。
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